2010年を振り返る(6) デジタルネイティブ

今年1月初め,2010年度の総合演習のテーマを「デジタルネイティブと大学」に決めた。昨年末頃から,新しい情報通信技術を大学の授業に活かせないかと考え始めており,年頭にiPhone購入を決心したのもその関連からであった。テーマとして何か良い表現はないかと考えていて,以前NHKのテレビで知った「デジタルネイティブ」という言葉がふと頭に浮かび,これをキーワードにすると面白いのではないかと考えたのである。

デジタルネイティブについて本格的に勉強し始めたのは,総合演習の第1回が始まった8月初めのことだ。いろいろと関係書を読み進めるうちに,今の大学の授業がいかにデジタルネイティブに適合しないものか,その理由が分かってきた。私の講義中に学生がケータイやパソコンを覗いていたり,場合によってはゲームをしたり,iPodで音楽を聴いていたりするのだが,そうした行動に憤慨しても仕方ないということが段々と分かってきた。今の学生に90分間集中して教員の話を聞かせることはほぼ不可能だし,もし可能だとしても学生に相当の苦痛を与えていることになるのだということをまずは認めなければならない。良く考えてみれば,これは何も若者にとってのみならず,私を含むすべての年齢の人にとっても苦痛であろう。しかし,私たちは勉強をするとき,その苦痛を耐えることは必要なことだと考えているのだが,もはやそうした前提は成り立たない。いちおう今の学生も頭ではそれを受け入れるかもしれないが,もはや完全に体が受け付けないのだ。正確に言えば,脳が受け付けないということだろうか。

もちろん,そうしたことを自覚するはるか以前から,私も授業をする際にはいろいろと工夫してきたつもりである。ビデオを活用したり,演習を取り入れたり。そうしなければ授業がなりたたないのは,なにも今に始まったことではない。しかし,デジタルネイティブのことを意識するようになってからは,教員からの一方的な情報提供である講義が大学の授業の中心にある限り,根本的な問題は残ったままのような気がしてきたのだ。教員が学生に一方的に話し,のちに学生がその知識を覚えているかどうか試験する(Prenskyはこれを”telling and testing” pedagogyと呼んだ)——この形を変えなければいけないのではないか?

今の若者が生まれ育ってきた情報環境は,私の世代のそれと大きく異なる。ゲーム,ケータイ,パソコン,インターネット。こうしたものが生まれた時から身の回りにあった世代は,それがない環境で育った人間と異なっても当然だろう。特に,ゲームとケータイの影響が大きいと私は思う。そして,それはどちらも私にとっては未知の世界なのだ。そのような私に,今の若者に有効な教育ができるのか。これが今年直面した大きな課題だった。ケータイについては多少慣れてきたが,ゲームはまだこれからであり,来年の課題である。

以下に,今年読んだデジタルネイティブ関係の文献を挙げる。

  • ドン・タプスコット(橋本恵ほか訳)『デジタルチルドレン』(ソフトバンク,1998;原書1997)
  • Marc Prensky, “Digital Natives, Digital Immigrants,” On the Horizon, Vol. 9, No. 5 (Oct. 2001, pdf)
  • マーク・プレンスキー(藤本徹訳)『デジタルゲーム学習——シリアスゲーム導入・実践ガイド』(東京電機大学出版局,2009;原書2001)
  • マーク・プレンスキー(藤本徹訳)『テレビゲーム教育論——ママ!じゃましないでよ勉強してるんだから』(東京電機大学出版局,2007;原書2005)
  • ドン・タプスコット(栗原潔訳)『デジタルネイティブが世界を変える』(翔泳社,2009;原書2008)
  • 三村忠史・倉又俊夫・NHK「デジタルネイティブ」取材班『デジタルネイティブ——次代を変える若者たちの肖像』(生活人新書278,日本放送出版協会,2009)
  • 木下晃伸『デジタルネイティブの時代』(東洋経済新報社,2009)
  • 橋元良明ほか『ネオ・デジタルネイティブの誕生——日本独自の進化を遂げるネット世代』(ダイヤモンド社,2010)
  • Marc Prensky, Teaching Digital Natives: Partnering for Real Learning (2010)

付記:
総合演習では,デジタルネイティブである学生の意見を聞くことができたが,その中で特に印象に残っていることを記録しておきたい。本学が提供している英語のウェブ学習システムがあまり使われていないようだが,それはなぜだと思うか聞いたところ,それが「どのようなもので,使うと何が得られるのか。時間を割くに値するものか」が分からないからではないかという意見があった。彼らにとっては,貴重な時間を割いてもやる価値があるかはっきりするまでは,やらないというのだ。やってみた結果,時間の無駄だったとなると大いに落胆するとのことだ。何をするにもネットで調べて無駄を最小化しようとするデジタルネイティブらしい意見だと思った。大学が提供する授業やサービスについて学生が自由にコメントできるサイトを作り,学生はそこでの評価を参考にして大学の授業やサービスを選択することができるようにする必要があるのかもしれない。評判情報のシステム化は現代において不可避なのではないか。現在はそれがないため,学生同士のクチコミという非常に不確かな情報によって学生は動いているように思われる。

【天気】晴れ。定期試験問題を提出した。あとは来年度のシラバス。

 

  • 13:40  RT @TakaFlight: 【注目!必見!!】佐賀県武雄市 山内東小学校 公開iPad公開授業始まります! USTやってますので、興味ある方は是非みてください!! 教育がかわるっ! http://j.mp/fd5uGH
  • 13:44  小学校のiPad活用授業のUst中継,面白いです。今後こうした試みが増えていくといいと思います。 (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 13:47  電子黒板も面白い! (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 13:54  こうした公開授業Ustは,今後事前の広報をもっとしっかりやって,より多くの人に観てもらいたいですね!60人程度の視聴者ではもったいないです。(と書いていたら,人数が増えてきました!) (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 14:06  今後,小学校も中学校も高校も大学も,どんどん授業をUst中継すると良いと思います。いろいろなことが変わると思いますが,特に良い教材や授業法が広まって,教育の質が全体的に向上するだろうと思います。 (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 14:31  多少日本人の先生の発音がおかしくても,ちゃんとした発音はiPadで聴けるわけですから大きな問題はないと思います。それより,日本人の先生が臆せず楽しそうに英語を使っている姿を見せることが極めて教育的だと思います。 (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 14:47  武雄市の公開授業Ustとてもよかったです!関係者のみなさんの勇気に拍手です!批判的なコメントもUstにはつきもの。参考になるものは参考にして,更なるチャレンジを続けてくださいね! (live at http://ustre.am/rFRr)
  • 17:53  ブログに「2010年を振り返る」の第6回を掲載しました。テーマはデジタルネイティブです。 http://bit.ly/eAxKGq