モチベーション

遅ればせながら,今の日本の教育現場で,モチベーションが最大の問題だということを実感している。これだけ情報があふれ,また学校も教師も至れり尽くせりになってくると,やる気のある子どもや学生なら,いくらでも学んでいける環境が整っていると言えるだろう。私は教員として,そうした学びやすい環境を整えようと努力してきたつもりだが,それにも関わらず,学生が期待通りに学んでくれるかというと,全くそうではない。というのも,それは学生がやる気を持っているということを前提にして初めて期待できることだからだ。やる気のない学生は,学ぶ環境がいくら整ったところで,勉強する訳ではない。

かつては,やる気のない学生でも,それなりに勉強したと思う。勉強とはつまらなく苦しいもの,しかし,しなければならないもの,という考えをもっていたから,やる気が起きなくもそれなりにやったのだと思う。ところが,今の学生はやる気が起きないものはやらない。非常に自分に正直になってきている。

やる気の起きない原因はいろいろあるだろうが,大きく二つの原因があるように思う。一つは,何のためになるのか分からないということ。将来役に立つなどという理由付けは今の学生には通用しない。努力しただけの見返りがすぐに現れないと,その努力を惜しむ。無駄な努力は極力避けるのだ。やる気が起きないもう一つの原因は,面白くないということ。面白ければ,何のためということはあまり問題にならない。いま面白いということだけで十分なのだろう。

古い世代からみると,誠にわがままに見える今の若者だが,もはや脳と体がそうなってしまっているので,どうしようもないのではないか,と最近私は思いつつある。その原因は,ゲームに代表される近年のデジタル環境だ。いわゆるデジタルネイティブは古い世代と根本的に違う体質を持っているように思えてきた。もう一つの背景には,いまの経済環境もあるだろう。将来が予測できず,いまの努力がどれだけ報われるのか不透明な時代には,苦しくてもこつこつ努力することの価値が実感できない。

さて,若者のモチベーションの問題を述べてきたが,同じような問題は,実は教員の側にもある。教員は,給料をもらって教育という仕事をしているのであり,それがモチベーションになるのではないかと言われるかもしれないが,教員の給料はやっている仕事や努力と比例しているわけではなく,いくら努力しても給料はほとんど変わらないという現実がある。では何が教員のモチベーションかというと,いろいろあるだろうが,メインは子どもや学生の成長や変化だろう。子どもや学生が成長したいと自ら願い,教員がそれを助けられたと実感できたとき,教師としての満足感が得られ,それをモチベーションの源にすることができる。

しかし,今は,子どもや学生にモチベーションがなく,それが教員のモチベーションを低下させている。それは当然,子どもや学生のモチベーションをさらに失わせることになるだろう。こうした悪循環の中で全国の多くの教員は苦しみ,もがいていると思う。

少し前までの大学教員は,そうした問題から目を背け,やる気のない学生についてただ嘆いていれば良かった。それでも,学生はそれなりに勉強し,それなりに就職してくれた。授業はほとんど空洞化していたが,それは学生にとってだけでなく,教員にとっても楽なことであり,研究時間の確保にもつながった。こうした状況は1990年代の中頃まで続いたと思う。

1990年代に少しずつその状況は変わっていった。今から考えると,それはデジタルネイティブの第一世代が大学に入ってきたころだ。学生が変わり,経済状況も変わった。文部省の審議会はそうした変化に対して,アメリカの大学をモデルとする改革を日本の大学に迫った。シラバスや単位制度の実質化などだ。しかし,モチベーションを失った学生にこうしたアメリカ式のやり方が通用するはずはなかったのだ。日本でもそうした方式を持ち込めば,つまり大学の教員がまじめに教育をすれば,事態は変わるのではないかと考えていた私は間違っていた。

現在の文科省もそのへんは薄々感じているようで,キャリア教育がはやっているのもそうした背景がある。勉強へのモチベーションを将来の仕事との関連を意識させることで高めようというのだろう。全く効果がないだろうとは言い切れないが,その労力の割には効果が少ないと思う。そうしたことは教員のモチベーションを下げる効果を持つ。もし職業を勉強のモチベーションにするなら,一度働いてみて,それから大学に来るのがよい。キャリア教育よりよほど効果があるだろう。

学生と教員がともに高いモチベーションを持って学んでいくにはどうすればよいか。この問題を真剣に考えなければならない。私は,一方でゲームに,他方でオープン化に,わずかな希望を見いだしている。

2017.2.12追記

その後,ゲーム化は多少試みてみた。しかし,これまでの経験で,ゲーム化は,それが本当に面白ければうまくいくだろうが,そうでない形だけのゲーム化は,かえって逆効果であることが分かった。

また,オープン化は,まだできないでいる。かなり余裕がないと難しいことだ。

今のところ,正攻法で,学生が面白いと思えることを地道に探って提供していくことを追求したい。

【天気】晴れ。