読書会方式を用いた授業の試み
2015年度前期「科学技術と現代社会」コースポートフォリオ
田中浩朗・東京電機大学
[概要] かつての大学生は自主的に読書会を組織して,主体的に学習していた。大学の授業で学生の主体的な学習を実現するために,この昔からある学習方法を授業に取り入れてみた。今学期の授業では一番素朴な形で授業を行った。すなわち,教員が読む本を指定し,受講者全員がその本を毎週1章ずつ読み進め,授業では4名程度の班を作って,読んできたことについて話し合った。それを1冊読み終わるまで繰り返した。本ポートフォリオは,その記録である。
(このコースポートフォリオは,京都大学高等教育研究開発推進センターが運営するMOST (Mutual Online System for Teaching & Learning) のサイト (https://most-keep.jp/portal/) 上でKEEP Toolkitというオンラインツールにより作成され,2015年7月に公開されました。同サイトが2022年3月末に閉鎖されるということで,2022年2月にこちらに移植しました。)
コースの基本情報
科目の目的:科学技術が関わる社会問題について,多面的に考察し,総合的に判断する力を養うこと。今年度は,「市民科学者(citizen scientist)」の草分けである高木仁三郎(1938-2000)を取り上げ,彼が自らの人生において直面した問題を通して,現代の科学技術が抱える問題を探究する。
カリキュラム上の位置づけ:東京電機大学の工学部・未来科学部・工学部第二部の学生向けに開講されている人間科学科目(いわゆる教養科目)の一つ
対象学年:工学部・未来科学部の学生向けのクラス(金曜1限)では2〜4年生,工学部第二部(夜間)の学生向けのクラス(土曜3限)では1〜4年生。実際の履修者の分布は以下の通り(カッコ内の人数は単位取得者数)。
- 金1:2年4名(3名), 3年7名(4名), 4年2名(0名), 計13名(7名)
- 土3:1年2名(1名), 2年8名(6名), 3年6名(3名), 4年11名(7名), 計27名(17名)
シラバス
学習目標
シラバスに記載した達成目標は以下の4つである。
- 【総合的判断力】 科学技術が関わる社会問題について,多面的に考察し,総合的に判断することができる。
- 【論理的思考力】 根拠に基づいて,自分の意見を主張したり,他人の意見を批判したりすることができる。
- 【批判的読書力】資料を読んで内容を理解するとともに,そこから様々なことを考えることができる。
- 【コミュニケーション力】考えたことを他人と共有し,自らの考えをさらに深めることができる。
この授業で採用した読書会方式は,一人でじっくりと読み,考える機会と,他人と議論する機会の両方を受講者に提供することができる。それにより,上記の目標を達成させようと考えた。
教授法・教材・学習活動
この授業で採用した授業方法は「読書会方式」である。今学期は読書会の可能性をじっくり検討するために,1学期の授業のほとんどで読書会を実施した。
この授業での読書会は以下のような形で進められた。
【授業前の準備】
- 次の授業で扱う本の部分(1つの章)を精読する。その際,興味を持った部分に関する本への書き込み(傍線やメモ),付箋の貼付,さらには読書ノートの書き込みを行う。
- 次の授業で順番が回ってきたときに発表する「興味を持った部分」を最低1つ選ぶ。
【授業中】
- 4名程度の班に分かれる。
- メンバーが順番に,興味を持った部分を紹介・説明する。疑問でも良い。他のメンバーはそれについてコメントする。
- 1巡か2巡くらいしたところで,何か深めてみたいテーマを決めて,議論する。
- 授業の最後に,その日の読書会を振り返り,良かったこと,改善できることなどを出し合う。また,教員から配布された振り返りシート(チェックシート)に記入する。
読書会で読み進めた本は,高木仁三郎著『市民科学者として生きる』(岩波新書,1999年,本体820円,260頁)である。
この本は,核化学者であり市民活動家でもあった高木仁三郎氏(1938-2000)の自伝であり,非常に読みやすい文章で書かれている。しかも,高木氏の人生は大変変化に富んだものであるため,あまり本を読んだことのない学生にも興味を持って読んでもらえるのではないかと考えた。高木氏は,人生の中で現代の科学技術のさまざまな問題に直面し,考え,行動した。その人生は,読む者にいろいろなことを考えさせてくれる素材として適していると思い,今回読書会で読む本として選択した。
実際の授業
下記の全15回の授業を実施した。
- ガイダンス
- 読書会とは/高木仁三郎について
- 「序章 激変のなかで」を読む
- 「第1章 敗戦と空っ風」を読む
- 「第2章 科学を志す」を読む
- 「第3章 原子炉の傍らで」を読む
- 「第4章 海に,そして山に」を読む
- 中間での振り返り(実際は,補足のビデオ視聴)
- 「第5章 三里塚と宮澤賢治」を読む
- 「第6章 原子力資料情報室」を読む
- 「第7章 専門家と市民のはざまで」を読む
- 「第8章 わが人生にとっての反原発」を読む
- 「終章 希望をつなぐ」を読む
- 総括討論
- まとめ
読書会を行う授業(第3〜7回と第9〜13回)では,10〜20分ほどのミニ・レッスンやグループワークを授業の初め,あるいは中盤に実施し,学生主体で進められる読書会を教員の側から支援した(つもり)。第2回と第8回は,教員の側からの情報提供(講義およびビデオ視聴)を行った。
学生の学び
期末レポートの内容から,受講者によって個人差はあるものの,多かれ少なかれこの授業の目標は一定程度達成されたと考えられる。
また,授業アンケート結果から,この読書会方式という授業形態についても,受講者から歓迎されていることがわかる。
授業アンケート結果(金1)(pdf)
授業アンケート結果(土3)(pdf)
授業アンケート自由記述欄回答から
この授業について,良かった点を具体的に書いてください。
- 普段と違う授業形式で新鮮さがあり,とてもよかった。
- 新しい授業の形式で非常に楽しく学ぶ事ができました。
- 読書会という形で,他人の意見を聞くことが出来た。
- 授業形式がディスカッションという所。自ら学ぼうと思えた。
- 自分から授業の内容を考えることが多かったところ。
- 今回の本は今の時代にあっており,良かったと感じた。
- 期末レポートにも書きましたが,その作者の人生を知ることによってさまざまな考えやこれからの自分の人生に役に立つと思うことができたので,是非この授業は続けて欲しいと思った。
- 講義とは異なり読書会という授業のため読書を習慣づけられるところ。
この授業について,改善した方が良い点,改善の為の提案などを具体的に書いてください。
- 人数がもう少しほしい。
- 7〜9人くらいの大人数で話し合ったほうが,正しく内容を理解し,議論できると思う。
- 仮に一班の場合でも,毎回,班のリーダーを決めておくとスムーズに話し合いが行える。
- 講義と読書会を交互にやっていくのも関連事項を知ることができてとても良いと思います。その形式でも受講したいと思いました。
- 授業に使用する各自のノートを中間,期末で確認を行う事で参加までの準備を見ることが出来るかと思います(毎回ではふたんも多いと思いますので)。
- 予習の確認方法について。わずかな配分で良いので,成績に反映されるテストを各授業毎に行っても良いと思う。
- 本の種類が多いともっと積極性が増す。
- 今回の読書会では高木仁三郎の市民科学者として生きるを読みましたが,読みたい本などが異なると思うので,第1回ガイダンスにおいていくつかの本から多数決をして本を決めると良いのではないかと感じました。
- 授業の初めに話し合いのコツや技術等の説明があるとよいと思いました。
- 授業の都合上,時間があまりとれないので本の重要な内容のみ取扱うのも良いと思う。
コースに対する振り返り
今回の成果
授業へ読書会方式を導入した今回の試みの最大の成果は,今の大学生でも,それほどの困難なく読書会を行うことができるということが分かったことだ。今回授業に参加した学生たちのほとんどが読書会初体験であった。いろいろ戸惑いはあったと思うが,しかし私の当初の想像以上に,学生たちは読書会を行えたし,またそれを楽しんでいた。今後は,単に読書会を行うだけでなく,それが大学の授業として意義あるものとなるよう,授業運営に工夫をこらしていきたいと思う。
今後の課題
- 最後まで,受講者全員が十分な準備をした上で読書会に臨むまでには至らなかった。準備は個人に任されているため,十分な準備をしてくる者とそうでない者がでてきてしまう。準備を促す方策が必要だろう(たとえば,読書ノートのチェックや,本の内容に関するクイズなど)。
- 教員からの情報提供を上手く組み込むことができなかった。一つは,本の内容に関する事柄について。もう一つは,読書会の運営に関する事柄について。教員は授業中,各班をまわり,必要に応じて口を出していたが,それは議論の流れを中断させることでもあり,できるだけ控えていた。それはそれで良かった面もあるが,せっかく教員がいるのだから,教員からの適切な指導もあるべきだと思う。
- 読む本をどうするかという問題もある。この授業を最初に構想したときは,ある程度の種類の本を用意しておいて,学生に読みたい本を選択させることを考えていた。しかし,それでは班のメンバーが固定される可能性が高い。班のメンバーをある程度入れ替えることができるには,同じ本を複数の班で読むようになる必要がある。1種類の本につき最低2班ができ,2種類の本から選べるようにするには最低4班必要となる。1班4名とすると最低16名が受講しないといけない。これは私の授業としてはかなり多い数である。そのため,教員の方から1種類に決めてしまった。しかし,1種類とするにしても,受講者に選択の余地を与えるため,数冊の候補から選ぶような方法は検討に値する。
同僚のコメント
2015年8月3日のG-MOS研究会宮崎例会でこの授業について報告した際,以下のようなアドバイスをいただいた。
- この授業は反転授業と見ることができる。確認テストをやってはどうか。
- 教員が重要だと考えるポイントについて,小テストを行い,準備のチェックを行うと同時に,教員の観点を伝える。
- 毎回,読書会を始める際に,各自の読書ノートを班で回し読みさせてはどうか(交換日記方式)。準備をしてきたかどうかのチェックになる。また,読んだ人がコメントを書くことを奨励すると,それがモチベーションになるかもしれない。ただし,読書ノートの回し読みをさせるに当たっては,あらかじめそうすることを宣言し,見られて困ることは書かないよう注意する必要がある。
- 教員の読書ノートをあとで見せる。教員の読みは参考なるはず。先には見せない。
- 時々,最新の話題や大きな問題を学生にぶつけて刺激を与えてはどうか。集中力を持続させるために。
- 班を毎回変えるとグループ力が育たない。継続させることも必要ではないか。
- 最初に,この本を学ぶことの意義をしっかり説明するなど,最初の方向付けが大事ではないか。
謝辞:G-MOS研究会宮崎例会参加の先生方,有意義な質問やコメントありがとうございました。