石川一郎文書と本目録について

 石川一郎文書の全体像を把握するために,まずは同文書の整理に当たった武田晴人(1986, 2001)に主に依拠して,その来歴と整理過程,資料整理時の原形変更,目録カードの記載内容を確認しておく。その上で,既存の目録カードに含まれる問題点を指摘し,本目録の作成方針を説明する。

1.石川一郎文書の来歴と整理過程

 現在「石川一郎文書」と呼ばれている石川一郎の個人文書は,石川が1942年に化学工業統制会会長に就任してから1956年に経団連会長を辞任するまでの約15年間,石川が入手した資料をファイルしたものである。1943年から石川が亡くなる1970年まで石川の秘書を務めた岩名市太郎(1986: 269)によれば,石川の判断で敗戦時の焼却を免れた化学工業統制会のファイル資料は,戦後そのまま岩名の手許にあったが,経団連関係の資料は経団連の地下倉庫に保管されたとのことである。武田は『経済団体連合会三十年史』(1978年刊)の編纂に関わる過程でその資料の存在を知ったという。1977年に東京大学経済学部図書館がその資料を譲り受けることとなった。当時の資料は,ファイル数が約1,700で,AからRまでの18に分類されていた。経団連が『経済団体連合会十年史』(1962-63年刊)を編纂する際に部分的に作成された「目録」が残されていたが,武田らは移管時現在の保存状況を確認するために,「目録」に追加する形で原分類と原タイトルに忠実に一覧表を作成した。「目録」に記載されている資料で存在しないものがあること,また存在する資料に付けられた番号が不連続になっている場合があることから,石川一郎文書は当初少なくとも2,000タイトル近くあったのではないかと推測されている。武田は,1981年度の文部省特定研究の予算を得て1981年9月から1982年6月までの約10か月間で石川一郎文書の本格的な整理を行った。その後2001年に(株)雄松堂出版(現・丸善雄松堂(株))からマイクロフィルム版が刊行される際に若干の分類の変更があって今日に至っている。

2.資料整理時の原形変更

 石川の秘書(岩名市太郎)が整理保管に当たったファイル(原ファイル)は,石川が関わった委員会などの組織別に作成され,B5判のファイルに新しい資料を順次上に重ねる形で綴じられていた。武田は,資料整理の際に次の4点の変更を行ったという。第1点は,資料を時間の経過の順に並べ替えたことである。第2点は,内容的な関連を考慮しつつ原ファイルのいくつかを合本して,新しいタイトルを付けたことである。それにより,ファイルの数は約600冊減って1,096冊となった(ただし,現在原資料を所蔵している東京大学経済学図書館・経済学部資料室(2019)によれば,資料数は 1,156点とされている)。第3点は,資料整理の際に作成したB5判の目録カードのコピーを目次としてファイルの冒頭に綴じ込んだことである。なお,各ファイルは無線綴じによって製本し直された。第4点は,原分類(AからRまでの18分類)に変更を加え,AからZまでの26に分類し直したことである。

 新分類では,全体が次の3つのグループに分けられた。すなわち,I.化学工業統制会・化学工業連盟,II.政府関係機関および諸団体,III.経団連・日産協の3つである。原分類のAからJまでは,化学工業統制会・化学工業連盟関係の資料であったが,分類の数(10分類)は変えずに分類を再編成し,グループIとした。グループIIには,IとIII以外の政府関係機関・民間諸団体関係の5分類が含まれていた。原分類では2つの分類しかなかった経団連と日産協の分類は,再編成されて9分類に増やされ,それに戦後の経団連・日産協へとつながる日本経済連盟会・重要産業協議会の2分類を加えた11分類がグループIIIとしてまとめられた。マイクロフィルム版を作成する際には,グループIIが政府機関と民間団体の2つ(IIとIII)に分けられ,更に旧グループIII(経団連・日産協)に入っていた日本経済連盟会と重要産業協議会の分類が新グループIIIに移されて,全体が次の4グループに分けられた。

  I.   化学工業統制会・化学工業連盟(A〜J)
  II.  政府機関(K)
  III. 関係機関・団体・企業(L〜Q)
  IV.  経済団体連合会・日本産業協議会(R〜Z)

3.目録カードの記載内容

 資料整理の際に作成された目録カードの記載内容を,石川一郎文書の最初のファイルの最初の目録カード(東京大学経済学図書館・経済学部資料室, 1998)を例に説明する(→当該の目録カード画像)。

 左上の四角い枠の中にファイル番号が記載されている。第1段と第2段には全ファイル共通に石川一郎文書の所蔵者(東京大学経済学部)とそのコレクション名(石川一郎文書)が省略された表記で,すなわち「東大・経済」「石川文書」と記載されている。第3段以下が個々のファイルに固有の番号で,第3段が分類を示す記号,第4段は分類毎にファイルのタイトルに振られた連番,第5段は同一タイトルのファイルが分冊となっている場合の分冊番号である。この例だと,分類Aの1番目のファイルの第1分冊ということになる。このファイル番号は,石川一郎文書のリール別収録概要目録(武田,2001: 1)では「A1.1」という表記になっている。目録カードのファイル番号の右に書いてある「資料名」はファイルのタイトルであり,これは整理の際に新たに付けられたものである。目録カードの記載は,実際のファイルに付けられているファイルのタイトルと若干異なる場合もある。資料名の下に書かれているのは,その資料の作成者であり,複数書かれている場合もある。この例だと,作成者が化学工業統制会で,その「総会関係」資料ということだから,これは化学工業統制会総会の資料で,「(一)」は第1分冊を意味する。なお,実際のファイルの表紙に付けられているタイトルは「化学工業統制会総会(1)」である。目録カードの右上に書かれている「原分類」は整理前のファイルに付されていた分類番号である。この例では,Dという分類(連盟会内部関係)の120番目のファイルであったことが分かる。整理の過程で複数の原ファイルが合本された場合は,原分類の番号が複数書かれている。

 次に,ファイルの内容を示す表の部分について見てみよう。この例で,表の左上にある「1/3」はこのファイルの内容を書いた目録カードが3枚あり,このカードはその1枚目であることを示している。その下の1,2,3という数字は,整理の過程でひとまとまりと見なされた資料(例えば,ある会議での配付資料など)ごとに振られた連番である。そのまとまりの中の個々の資料(会議で配付された個々の資料など)には,資料名欄で枝番号を振っている。年月日の日付は,会議資料の場合は会合の日付であるが,会合の日付と違う日付が付けられている配付資料などには,個々の資料の日付も記載されている。表の中の資料名欄には,個々の資料のタイトルが書かれているが,タイトルが付いていない資料については内容から判断した資料名が付けられている。なお,手書きのメモなどは,資料名の欄に記載されていない場合もある。作成者等の欄には,個々の資料の作成者名が書かれている。

 石川一郎文書を整理した武田(1986: 103)は,整理の過程で作成した目録カードをもとにして,細かい索引のついた冊子体の目録を作りたいと言っていた。しかし,結局今日に至るまでそうした目録は作成されておらず,整理過程で作成された目録カードが現在でも石川一郎文書の内容を知るための最も詳しいツールとなっている。

4.石川一郎文書目録カードの問題点

 上述の通り,石川一郎文書の整理過程で作成された目録カードは,この資料群に含まれる膨大な量の資料の中から目当ての資料を見つけるためのツールとして,現在でも最も重要なものである。しかし,資料整理の過程でいくつかの原形変更が行われ,しかもいわゆる「記録の原則」が十分には守られない形で整理されたため,この資料群を利用する者が整理前の資料の状態を十分には知ることができないという問題が発生した。具体的には次のようなことである。

(1)ファイルのタイトル

 現在の石川一郎文書のファイルは,整理者が製本し直したものである。いくつかのファイルを合本した場合もある。そのような原形変更を行う場合は,「記録の原則」に従って,合本したファイルのもととなった原ファイルのタイトルを目録カードに記載しておくべきであったと思われる。しかし,現在の目録カードには,原分類(原ファイルに付けられていた分類番号)は記録されているが,原タイトルは必ずしも記載されていない。さらに,整理時に新しいファイルに付けられたタイトル(マイクロフィルムに収録されたファイルの表紙から確認可能)は,必ずしも目録カードにそのまま記載されているわけではない。そしてさらに,リール別収録概要目録(武田,2001)に記載されているファイルのタイトルは,目録カードに記載されているタイトルとも異なっている場合がある。つまり,整理後の同一のファイルに,3種類のタイトルが存在する場合があるのである。おそらく,このような各段階でのタイトルの変更は,利用者にとって分かりやすいようにするという配慮から行われたことと推測される。しかし,それは利用者が整理前の資料の状態を十分には知ることができないという結果を招いている。整理時に新しいファイルの表紙に記載されたタイトルが,整理後のタイトルとしては一番古く,原タイトルに近い内容を含むと考えられるため,利用者がそのタイトルを知ることができれば,整理前の資料の状態を想像しやすいであろう。

(2)資料単位の分け方

 目録カードでは,ひとまとまりと考えられる資料を資料単位として扱い,連番を振っている。複数の資料を含む資料単位については,それを構成する資料に枝番号を付けている。もしこれらの資料番号・枝番号が,原ファイルの作成者によって付けられたものであれば問題ないのであるが,実際には整理者の判断によって付けられたものであるため,資料単位の分け方に不適切と思われる部分が見られる。例として,先に目録カードの記載内容を説明する際に言及した目録カード(→画像)の最初の5件の資料を検討する。ここでは,説明の便宜上,次のように①〜⑤の番号を付けておく。

  ①「化学工業統制会臨時総会議事」
  ②「化学工業統制会会員名簿」
  ③「化学工業統制会昭和18年度収支予算」
  ④「昭和18年度賦課金徴収方法ニ関スル件」
  ⑤「会務概況報告」

目録カードでは,①〜④の資料を資料単位として考え,資料番号1を付している。さらに,②③④の資料にそれぞれ枝番号1,2,3を付している。そして,⑤の資料は単独の資料として扱い,資料番号2を付している。しかし,化学工業統制会臨時総会の次第には会務報告が含まれており,⑤「会務概況報告」はそのための資料と考えられる。同資料の日付も昭和18年3月なので,同月30日に開催された臨時総会の資料であると考えるのが自然である。つまり,資料番号1に含まれる資料は5件あると考えるべきであり,⑤の資料は資料番号1に含まれ,それに枝番号4を振る必要があったと思われる。このような例は少なくない。

(3)資料タイトルの採録

 目録カードに採録されている個々の資料のタイトルは,もとの資料に記載されているタイトルと必ずしも同一という訳ではなく,表記を変えたり,簡略化したりしている場合がある。また,タイトルが付いていない資料については,内容から判断して整理者がタイトルを付けている場合もある。「記録の原則」に従うならば,タイトルを一部改変したり,タイトルを整理者が付けたりした場合は,それが利用者に分かるように記録しておかなければならないはずであるが,それがなされていない。利用者は,目録カードの資料タイトルがもとの資料のタイトルと同一かどうか,マイクロフィルムで資料画像を確認するまで知ることができない。

5.石川一郎文書(科学技術動員関係史料)目録の作成方針

 今回,石川一郎文書に含まれている科学技術動員関係史料の目録を作成する際には,上述した目録カードの問題点をできるだけ緩和できるように配慮して作成することとした。具体的には,マイクロフィルムに収録されている資料画像と目録カードに記載されている情報をもとに次のような方針で目録を作成した。

(1)ファイルのタイトル

 ファイルのタイトルは,原ファイルのタイトルが推測できるよう,整理後のファイルの表紙に記載されているタイトルを主とし,目録カードに記載されているタイトルおよびリール別収録概要目録(武田,2001)に記載されているタイトルをも合わせて記載することとする。さらに,目録カードに合本された原ファイルのタイトルと思われる記載がある場合は,それも注記することとする。

(2)資料単位の分け方

 会議資料の場合,議事次第や日付などの情報をもとに,ひとまとまりと考えられる資料単位を分け直し,新たに資料番号と枝番号を振ることとする。その際,目録カードに記載されている資料番号と枝番号も参照できるようにし,目録カードに記載されている情報との対応関係が分かるようにする。

(3)資料タイトルの採録

 資料タイトルは,原則として資料のタイトルをそのまま採録する。ただし,旧字体の漢字は原則として新字体に改める(人名の旧字体はそのままとする)。タイトルのない資料については,目録カードの記載なども参考にしながら内容にふさわしいタイトルを付ける。その際,資料にもともと付いていたタイトルと区別するため亀甲括弧〔 〕で括る。

 

参考文献

  • 岩名市太郎(1986)『石川一郎の素描』岩名公太郎。石川一郎の秘書・岩名市太郎が執筆した石川の未完の伝記草稿「形なきものへの挑戦 石川一郎の為人と仕事」が収められている。
  • 武田晴人(1986)「経営史料としての個人文書——石川一郎文書の整理に即して」『企業と史料』第1集,91-104。2つの表を除いた全文がウェブで公開されている(2019年5月23日閲覧)http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/_old/ishikawa/kaisetsu1.htm
  • 武田晴人解説(2001)『マイクロフィルム版 東京大学経済学部図書館所蔵 石川一郎文書 リール別収録概要目録』雄松堂出版。奥付を除く全文がウェブで公開されている(2019年5月23日閲覧)https://myrp.maruzen.co.jp/wp-content/uploads/ysd_a_gc9879_li_ishikawa.pdf
  • 東京大学経済学図書館・経済学部資料室(1998)「石川一郎文書目録」東京大学経済学図書館・経済学部資料室ウェブサイト(2019年5月23日閲覧)http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/_old/ishikawa/index.htm
  • 東京大学経済学図書館・経済学部資料室(2019)「石川一郎文書」東京大学経済学図書館・経済学部資料室ウェブサイト(2019年5月23日閲覧)http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/?page_id=1910

作成: 2019.6.1 田中浩朗