石川一郎文書(科学技術動員関係史料)目録 解題

 以下に記すのは,石川一郎文書の各分類に含まれているファイルの解題であるが,戦時期の科学技術動員に関わる技術関係ファイルを中心に紹介する。戦後の資料であるIV. 経済団体連合会・日本産業協議会(分類R〜Z)については記載していない。なお,文中のA1などの記号は,同文書のファイル番号を意味する。

I. 化学工業統制会・化学工業連盟

A. 総会・理事会議・評議員会関係

 分類Aには,化学工業統制会およびその後身である化学工業連盟の総会・理事会・理事部長会議・理事部課長会議・評議員会・常議員会に関するファイルが収められている。

 化学工業統制会(以下,統制会と略す)の活動全体を概観したい時には,まずは総会関係(A1)の資料,特に会務報告や業務報告を参照すると良いだろう(なお,総会と同様の議案が付議された評議員会関係〔A8〕の資料も参考になる)。ちなみに,化学工業統制会の総会は表1の通り11回開催されている。

表1 化学工業統制会総会

 総会資料から明らかになる統制会の技術関係活動は,主に次の2種類である。

 (1) 化学工業品毎に設けられた技術委員会等による活動。
 (2) 当初は企画局技術室によって,後に特別室によって推進された技術交流活動。

統制会では主に,化学工業品のグループ毎に設けられた「部会」によって会務の処理が行われ,その一環として技術の問題も扱われた(なお,特定の部会に属さない会務は「局」「室」「委員会」で扱われた。図1, 2参照)。各部会の中に必要に応じて技術委員会等が設けられ,そこで技術上の問題解決が図られた。これは「化学工業統制会定款」で統制会の事業について定めた第6条の第9号「化学工業ニ於ケル技術ノ向上,能率ノ増進,規格ノ統一,経理ノ改善其ノ他事業経営ノ合理化ニ関スル事項」に対応する活動といっていいだろう。それに対して,「化学工業統制会統制規程」の第9条「会長特ニ必要アリト認ムルトキハ製造業者,統制組合又ハ組合員に対シ化学工業品ニ関スル調査若ハ研究又ハ製造技術ニ関スル調査研究,改善,公開,交流若ハ伝授ニ付必要ナル事項ヲ指示スルコトアルベシ」を根拠として「技術交流規程」を定め,会長がリーダーシップを発揮して「技術交流」(技術の公開や伝授を含む)を推進しようとしたのが技術交流活動である。なお,各部会の技術委員会等の資料は,分類D(各委員会・協議会・協力会・その他関係)に,また技術交流については,分類G(技術関係)に収められている。

図1 化学工業統制会組織図(1943年3月)

図2 化学工業統制会組織図(1944年1月)

B. 機構・会員・総務局〔部〕・秘書室関係

 分類Bには,統制会の総務関係部局のファイルが収められている。機構改革関係(B1)は,統制会の機構改革の中で技術がどのような位置付けを与えられていたかを明らかにする資料を含む。また,職制・事務分掌規定・諸規定関係(B4)は,組織の中で技術がどのように位置づけられていたかを明らかにする資料を含む。理事等の人事関係資料(B5, B6)は,統制会が他の組織と人的にどのようなつながりを持っていたのかを明らかにする資料を含む。

C. 統制会部会・審議室・連盟各部・支部その他関係

 分類Cには,化学工業品のグループ毎に設けられた部会や,特定の部会に属さない業務を行う部局のファイルが収められている。各部会の技術関係の資料は分類D(各委員会・協議会・協力会・その他関係)に,特定の部会に属さない技術関係の資料は分類G(技術関係)に収められているため,分類Cに含まれる技術関係の資料は少ないが,勤労部関係(C45)の資料の中に含まれている臨時機動工作本部関係ならびに技術機動隊関係の資料は注目に値する。それにより統制会が技術関係の学生生徒の動員に関わっていたことが分かる。

D. 各委員会・協議会・協力会・その他関係

 分類Dには,各部会の下に設けられた各種の委員会等のファイルが収められている。その中には表2に示したような技術関係の委員会等も多く含まれている。こうした委員会等における活動は,統制会による技術関係活動の一つの柱であり,注目に値する。

表2 化学工業統制会の技術関係委員会等

E. 各統制機関関係

 分類Eには,統制会傘下の化学工業品毎に設けられた統制機関のファイルが収められている。技術関係の資料はほとんど含まれていないように思われるが,この分類に含まれている液体燃料緊急確保推進本部関係(E40)の資料からは,同本部の増産委員会で技術公開について議論されていたことが分かる。

F. 企業整備関係

 分類Fには,アンモニア法ソーダ工業ならびに染料及タール系中間物工業その他の企業整備(中小企業の統廃合)に関するファイルが収められている。技術関係の資料がほとんど含まれていないように思われる。なお,転廃業する会社が持っていた特殊優秀技術に関する申告書のファイル(G2)は分類G(技術関係)に収められている。

G. 技術関係

 分類Gには「技術関係」のファイルが収められている。上述の通り各部会で取り組まれた技術関係の活動に関するファイルは主に分類Dに収められているので,分類Gには,各部会の活動から外れた技術関係のファイルが収められている。それは次の4つである。

 G1: 技術交流委員会関係
 G2: 特殊優秀技術関係
 G3: 熱管理委員会関係
 G4: 大東亜技術委員会関係

科学技術動員の観点から注目すべきは,技術交流委員会関係(G1)と特殊優秀技術関係(G2)である。統制会の会員各社が保有する優秀技術を調査し,その交流を促すことが企図された。なお,G2には染料及タール系中間物工業整備委員会に提出された特殊優秀技術申告書も含まれているが,これは技術交流委員会とは関係がない。また,G4は大東亜技術委員会自体の資料(それはM72.7のファイルに含まれている)というより,同委員会の諮問「満支ニ於ケルアルミニウム原料用礬土頁岩ノ技術的検討ニ関スル件」に関係する技術的資料である。

H. 化学工業戦後対策関係

 分類Hには,戦時から戦後へと転換する際の諸問題に関するファイル,特に占領軍とのやりとりに関するファイルが含まれている。その中には,戦時中のことに関する資料も含まれている。例えば,戦後補償対策関係(H4)には,政府の命令(試験研究命令を含む)その他により各企業が負担したものの調査関係資料が含まれている。また,連合国司令部宛提出資料関係(H13)や賠償問題関係(H16)には,終戦時の日本化学工業の状況を示す資料が含まれている。戦後設備転換関係(H14)には,軍工廠の民需工場への転換に関する資料が含まれている。

I. 諸資料関係

 分類Iには,戦中・戦後に石川一郎が関わった様々な分野のファイルが収められている。「諸資料」という分類名から推測されるとおり,その内容は雑多である。『化学工業統制会通報』(I1)は統制会の社内報のようなもので,統制会内の細かい具体的な動きを知る上で貴重な資料である。政府補助金関係(I10)には,商工省・軍需省の不足資源補填のための研究補助金関係資料が含まれている。戦時統制資料関係(I16)には,多くの技術関係資料が含まれている。化学工業統制関係(I35)には,火薬増産関係(分類K参照)の資料が含まれている。

J. 会長関係

 分類Jには,化学工業統制会会長の石川一郎個人に関するファイルが収められている。具体的には,各種原稿(未発表原稿を含む),書簡,招待状,予定表などである。未発表原稿関係(J2)は,化学工業の特殊性についての石川の考えをまとめた長文原稿や技術交流の困難について書いた原稿を含む。

II. 政府関係

K. 政府関係機関

 分類Kには,政府の省庁や政府系の審議会・委員会のファイルが収められている。陸海軍(K3)との懇談会や商工省・軍需省(K13〜K16)との打合会・懇談会の資料からは,政府が民間に何を求めていたかが分かる。石川は,科学技術審議会の委員だったため,同審議会関係(K5〜K9)のファイルも多い。科学技術動員の観点から興味深いのは,終戦間際の火薬増産関係のファイル(K20〜K23)である。その中には,陸海軍技術運用委員会の火薬専門委員会(K23)の資料も含まれている。

III. 関係機関・団体・企業

L. 他統制会・工業会・営団・公団関係

 分類Lには,化学工業統制会以外の統制会および戦中・戦後の各種工業会・営団・公団に関するファイルが収められている。満洲化学工業協議会関係(L4)と海軍化学工業会関係(L5)は,他であまり見られない資料を含む(ただし量は少ない)。航空工業会参与会関係(L6, L7)には,石川が同工業会の参与だったため,まとまった分量の会議資料が含まれている。

M. 民間諸団体関係

 分類Mには,石川が戦中・戦後に関わった多岐に亘る民間諸団体に関するファイルが収められている。統制会会長や経団連会長であったため,経済関係団体のファイルが多いものの,学術および技術関係団体のファイルも少なくない(M47〜M72)。その中で戦時中の資料が収められているファイルを挙げれば,以下の通りである。

 M47: 学術研究会議関係
 M49: 日本学術振興会学術部 硝子及耐火物第34小委員会・戦時業体第64小委員会
 M50: 日本学術振興会学術部 第5常置委員会関係
 M51: 日本学術振興会学術部 肥料資源第8特別委員会関係
 M52: 日本学術振興会学術部 工場廃物利用第79小委員会関係
 M55: 化学工業協会関係
 M56: 工業化学会関係
 M58: 科学動員協会関係
 M59: 大日本技術会関係
 M60: 有機合成化学協会関係
 M61: 日本合成繊維研究協会関係,高分子化学協会関係
 M62: 大日本ゴム研究所関係
 M63: 肥料研究所関係
 M64: 電気化学協会関係
 M65: 電気化学協会幹事会関係
 M66: 電気化学協会委員会関係
 M67: 民需協会関係,全日本科学技術団体連合会関係
 M72.1: 日本経済連盟会航空機増産懇談会関係,大日本航空技術協会関係
 M72.2: 化学機械協会関係
 M72.3: 燃料協会関係
 M72.4: 二火会関係
 M72.7: 科学知識普及会関係,大東亜技術委員会関係,化学装置技術協議会関係

これらのファイルには,何らかの形で当時の科学技術動員の様子を窺うことのできる資料が含まれているが,以下に特に注目すべきファイルを挙げておく。

 学術研究会議(M47)は,1945年1月に研究動員の中心機関として拡充が図られた。石川は,化学工業界を代表する立場で同会議第二部(純正化学,応用化学,農芸化学,薬学)の新会員となった。当時,学術研究会議には研究動員委員会が新設され,そこを中心に新たな研究班が組織されたが,具体案は各部で作成されており,第二部関係資料からは化学関係の研究動員の動きを具体的に窺うことができる。

 学術研究会議と並ぶもう一つの研究振興団体であった日本学術振興会には,石川はより早い時期から関わっている。すなわち,同会の肥料資源第8特別委員会(M51)には1942年から,また硝子及耐火物第34小委員会(M49)には1943年から関わっていた。さらに,1945年1月になると第5常置委員会(純正化学,応用化学,薬学,農芸化学,化学工業)(M50)の委員となり,化学分野の研究振興(研究費の配分や小委員会等の設置)に関わることとなった。つまり,1945年1月になると学術研究会議と日本学術振興会という文部省系研究振興団体の化学部門に化学工業統制会会長が加わることとなったのである。

 石川は技術院系の科学技術動員団体にも関係している。1943年4月に石川は科学動員協会(M58)の理事(評議員兼任)となっている。しかし,残されている資料は理事会・評議員会の議事録,事業計画,予算決算書類のみであり,石川が科学動員協会の活動に深く関わった様子は窺えない。

 石川が関わった工学系学協会としては,工業化学会(M55)、有機合成化学協会(M60),日本合成繊維研究協会・高分子化学協会(M61),電気化学協会(M64),化学機械協会(M72.2)などがある。特に石川が監事・会長を務めた有機合成化学協会のファイルは,戦中分で4冊(戦後分まで含めると6冊)のファイルが残されており,戦時中の学協会の活動の様子を比較的詳しく知ることができる。

 その他石川が関わった民間団体で科学技術動員の観点から注目すべきものは必ずしも多くないが, 1944年3月に石川が相談役として加わった技術院系の化学装置技術協議会(M72.7)は,軍官学産の関係者を結集して技術的課題の解決を図ろうとした注目すべき組織である。

N. 関係会社関係

 分類Nには,石川が関わった多数の民間会社(主に化学工業関係)に関するファイルが収められている。技術関係の資料はほとんど含まれていないように思われる。

O. 貴族院関係

 分類Oには,石川が1946年8月から47年5月にかけて貴族院議員に就任した際に入手した資料のファイルが収められている。

P. 日本経済連盟会関係

 分類Pには,石川が理事を務めていた日本経済連盟会のファイルが収められている。石川が委員を務めた産業能率増進委員会(P4)の提案は,各統制会で進められた技術動員(技術交流を含む)のプログラムと捉えることができ,注目に値する。

Q. 重要産業協議会関係

 分類Qには,石川が理事を務めていた重要産業協議会のファイルが収められている。同協議会には,分科委員会の一つとして技術委員会も設けられていたが,ここには技術委員会の資料は含まれていない。したがって,技術関係の資料はほとんど見当たらないが,重要産業協議会が1943年11月にとりまとめた「決戦行政に即応して統制会は如何に活用せらるべきか」(Q1)には,「附録第一 技術部面に於て統制会をして協力せしむべき事項」が9項目にわたって書かれており注目に値する。

IV. 経済団体連合会・日本産業協議会

R〜Z 省略

作成: 2019.6.1 田中浩朗