授業SNSを用いた協調学習統合型講義
2014年度前期「科学技術と現代社会」コースポートフォリオ
田中浩朗・東京電機大学
[概要] 一方通行的な講義を双方向的にし,また聴講中も受講者同士が協調学習(collaborative learning)を行えるよう,Twitter風のインターフェイスを持つ授業SNSを導入した。授業中に受講者は,従来通りの講義を「表チャンネル」(frontchannel)で聴講しつつ,同時に,講義内容に関する協調学習を授業SNSという「裏チャンネル」(backchannel)で行うことになる。これは,オンラインでの協調学習が従来型の講義と統合されたものであり,大学の講義の新たな可能性を探る試みである。3年間の試行錯誤を経て,2014年度は,グループディスカッションとルーブリックによる評価を導入し,授業SNSを用いた授業の見直しを図った。本スナップショットでは,授業SNSを用いた授業の概要と今回導入した新たな試みの結果を報告する。
[報告] 第21回大学教育研究フォーラム(2015.3.14) 発表論文 発表スライド(音声付き)
(このコースポートフォリオは,京都大学高等教育研究開発推進センターが運営するMOST (Mutual Online System for Teaching & Learning) のサイト (https://most-keep.jp/portal/) 上でKEEP Toolkitというオンラインツールにより作成され,2015年3月に公開されました。同サイトが2022年3月末に閉鎖されるということで,2022年2月にこちらに移植しました。)
コースの基本情報
本科目「科学技術と現代社会」の目的は,科学技術が関わる社会問題について,多面的に考察し,総合的に判断する力を養うことである。
本科目が開設された2012年度以降,本科目では「核兵器」をテーマとして設定し,核兵器に関わった人々,特に核開発の中心にいた科学者たちの考えや行動とその結果,ならびに核兵器が人間や社会にもたらした様々な影響について扱っている。
本科目はさらに,今日の大学生や社会人に要求される学習スキルやコミュニケーション力を高めることをも目的としている。
本科目を受講する学生は,東京電機大学・東京千住キャンパス(東京都足立区)に通う工学部と未来科学部の2〜4年生である。いわゆる教養科目であるため,すべての学科の学生が受講可能である。
本科目は,工学部と未来科学部の共通教育科目に含まれる「人間科学科目」の中の「技術者教養」科目の一つとして位置づけられている。半期2単位の科目で,前期・後期ともに2クラスずつ開講されている。
学習目標
シラバスに掲げられた達成目標は以下の通りである。
【総合的判断力】 科学技術が関わる社会問題について,多面的に考察し,総合的に判断することができる。
【論理的思考力】 根拠に基づいて,自分の意見を主張したり,他人の意見を批判したりすることができる。
【情報収集力】 多様なメディアを活用して必要な情報を集め,自らの考えを深めることができる。
【文章表現力】 理解したこと,考えたことを,学術的作法に則って表現することができる。
【コミュニケーション力】 積極的に他人と情報や意見を交換し,自らの考えを深めることができる。
【自己学習力】 適切な時間管理やモチベーションの維持向上により,自主的に学習を継続することができる。
教授法・教材・学習活動
本科目では,主に「授業SNSを用いた協調学習統合型講義」という教授法を採用する。これは,スライドやビデオを見せながら教員が行う講義と,授業SNSを用いた協調学習を統合したもので,受講者は教員の講義を聴きながら,あるいはビデオを視聴しながら,授業SNSで流れるタイムラインを読んだり,ツイートを投稿したりする。2014年度は,これに加えて対面でのグループディスカッションを導入する。
本科目の教材は,LMSに集約されている。このLMSは大きく以下の4つの部分から構成されている。
- 教員が提供する情報(シラバス,各回授業関連情報,授業アンケート結果,成績評価結果など)
- 授業SNS(クラス全体のタイムライン,各個人のタイムライン,その他)
- 各回課題の投稿・閲覧ページ
- その他(過去ログ閲覧ページ,コメント確認ページ,投稿数確認ページ,オンラインアンケート,ヘルプページなど)
授業時間外の学習としては,毎週,LMSへの課題提出が求められる。また,学期末には,期末レポートの提出が求められる。
成績評価方法
本科目で定めた6つの達成目標を評価の観点とし,下記の成果物ないし指標を用いてそれぞれ評価(S, A, B, C, Dの5段階評価)を行い,それらの中央値を取って総合評価とする。なお,成績評価における6つの達成目標の重みは均等とする。
- 達成目標1〜4については,期末レポートで評価
- 達成目標5については,授業SNSへの書き込み数で評価
- 達成目標6については,各回課題の提出数で評価
2014年度は,期末レポートを評価する際,ルーブリックを利用することにした。受講者にもあらかじめこのことは伝え,ルーブリックを示した上でレポートを執筆させた。
達成目標評価基準(ルーブリック)
実際の授業
下記の全15回の授業を実施した。
第1回 ガイダンス
第2回 原爆構想の始まり / 授業サイトへの登録
第3回 マンハッタン計画
第4回 原爆使用をめぐる科学者の議論
第5回 原爆投下決定と外交
第6回 原爆による被害
第7回 原爆被害情報のコントロール
第8回 冷戦下の核実験と新たな被ばく者
第9回 アメリカ人の原爆観
第10回 核兵器反対運動
第11回 核の拡散と国際管理
第12回 核兵器と原発
第13回 グループディスカッション
第14回 振り返り
第15回 フィードバック
講義内容については,これまで長年扱っているものなので,ほぼ予定通り実施することができた(詳細については「実際の授業」スナップショットを参照)。例年と違うのは,第13回のグループディスカッションであった。この回は,本科目で繰り返し話題になった「核抑止論」をテーマに,ワールドカフェ方式でグループディスカッションを実施した。
ワールドカフェ方式とは,4名程度のグループを作り,カフェでの会話のような気軽な雰囲気の中で意見を聴き合うというものである。一定時間後,グループ替えを行い,元のグループでの議論を共有し,さらに一定時間後,全員が最初のグループに戻って,議論を共有するというものだ。
学生の学び
授業SNSの導入
講義の裏チャンネル(backchannel)としての授業SNSの導入は,受講者同士の協調学習を促し,講義内容の理解を促進する上で役立ったと思われる。
グループディスカッションの導入
ワールドカフェ方式のグループディスカッションは,各自の考えをさらに深め,また対面でのコミュニケーション力を養う上で役立ったと思われる。
受講者の感想(第13回課題からの抜粋):
- 気楽に発言できる環境を作ることで、議論が途切れることなくディスカッション自体がスムーズになる、というところが良いと思いました。
- 相手の意見を否定するのではなくしっかりと聞き入れてその意見を自分の意見を考えるのにとりこみ、まとめることの有意義さを感じた。
- 他人に説明するためにより根拠を示しながら簡潔に話す必要があります。”なんとなく”呟けてしまうツイートと根本的に異なると思いました。
- 自分の意見を言ったり人に伝えたりすることを鍛えるのにとてもいいものだと思った。
ルーブリックによる評価の導入
今回初めてルーブリックを用いてレポートを採点してみたが,ルーブリックの記述がそのまま当てはまるようなケースは少なく,別の評価の記述がそれぞれ部分的に当てはまるような場合が多かった。その場合,どちらの評価を採用するか悩んでしまい,むしろルーブリックがない方が直感的に決められてよいと思ってしまう場合もあった。これは,ルーブリックの記述が不適切であることに原因があると思われるので,今回のレポートをもとにより使いやすいルーブリックに改訂して,次回の評価に臨みたいと思う。
コースに対する振り返り
講義の裏チャンネル(backchannel)として授業SNSを導入し,協調学習を講義に統合するという試みは,ほぼうまくいっていると考えられる。また,2014年度に導入したグループディスカッションも,オンラインでのコミュニケーションを補完する対面コミュニケーションとして有効だったと思われる。
しかし,まだ改善すべき点は少なくない。以下に列挙する。
受講者全員に積極的な授業SNSの利用を促す評価方法
今日,多くの学生がTwitter等のソーシャルメディアを使うようになってきているとはいえ,授業SNSという場を用意するだけでは,積極的には利用しない。そこで,書き込み数を成績に反映させることにより,受講者のモチベーションを高めている。しかし,それが点数稼ぎのため(だけ)の書き込みを生み出す原因ともなっている。さらに2014年度は,各受講者のクラスにおける相対的な位置を成績に反映することにしたため,過剰な競争意識を生み出すという弊害をもたらしてしまった。授業SNSの適切な利用をもたらす評価方法を工夫する必要がある。
ルーブリックの効果的な利用
2014年度に,初めてルーブリックを用いたレポートの採点を行った。できるだけ明確な評価基準を定めることは,受講者に明確な目標を持たせる上でも,また教員が一貫した基準で採点を行う上でも有効なことである。しかし,今回は初めての試みだということもあり,受講者にルーブリックを十分浸透させることができず,それを無視したようなレポートが多数提出されてしまった。また,採点の際にも,ルーブリックのみではうまく評価できず,従来からの直感による評価を行った場合もあった。今学期に提出されたレポートをサンプルとして分析し,ルーブリックをより活用しやすいものに改訂する必要がある。また,受講者にルーブリックを意識したレポート作成を促す工夫も必要である。
授業時間外の協調学習の促進
授業SNSは授業時間外でも使えるものであり,授業時間外においても受講者同士や受講者と教員との間のコミュニケーションが継続することを期待していた。しかし実際には,授業時間外に授業SNSを利用する者はきわめて少なかった。2014年度には,「談話室」機能を設け,議論を継続することが容易にできるような仕組みを用意したが,受講者が自発的に談話室を利用する例はほとんど見られなかった。当初は,授業で議論のテーマとなるような論点が見られたら,教員側から談話室で問題提起をし,受講者の議論を促そうと考えていた。しかし,教員にそこまでする余裕がなかったため,結局ほとんど実現できずに終わった。授業時間外に授業SNSを利用することを促すための実行可能な何らかの工夫が必要である。
課題をめぐる協調学習の促進
毎週提出される課題は,締切以降受講者同士で閲覧可能となる。一部の受講者は他の受講者が提出した課題を読んで参考にしていたようだが,提出された課題をめぐって活発な協調学習が行われることはなかった。昨年度は,課題に対してもコメントをつけることを義務化し,それを成績にも反映していた。そのため,受講者同士で課題を読み合うことが促せたのだが,付けられるコメントにあまり内容がなく,課題をめぐって議論が続くようなこともなかった。結局ほとんどが点数を稼ぐためのコメントになっていたと思われたので,今回は課題へコメントを付ける機能は実装しなかった。しかし,一部の受講者から要望があり,途中から課題へもコメントを付けられるようにシステムの変更を図った。ところが,結局その機能はほとんど使われなかった。課題をめぐる協調学習を促進する工夫が必要である。
参考文献・資料
- 出口博章「学習管理に着目したWebベース協調学習連携型講義に関する研究」(静岡大学博士論文,2007.12)
- 出口博章・木鎌耕一郎「Webベース協調学習と連携した大学講義改善の実践と評価」『八戸大学紀要』第36号(2008.3): 1-17
*上記論文で提唱されている出口氏の「Webベース協調学習連携型講義」は,「授業SNSを用いた協調学習統合型講義」の概念を構想する上で非常に参考になった。 - Michelle Pacansky-Brock, Best Practices for Teaching with Emerging Technologies (New York: Routledge, 2013), Ch. 5: Backchannels and Tools for Participatory Learning
*授業における裏チャンネル(backchannel)導入が,参加型学習の一例として紹介されている。