大学評価

 日本の大学は7年に1回、認証評価機関の評価を受けなければならなくなった。大学評価が関係者の間で問題になっている。この制度はアメリカから導入されたものだが、その本家のアメリカでいま大学評価が問題になっている。それは、連邦政府が政府保証の学生ローンを提供する際の基準に大学評価が用いられているが、それがいい加減なものではないかということだ。税金の使い道が厳しくチェックされるアメリカならではの問題だ。しかし、これは日本でもきっと問題になることだろう。
 ポイントは、大学評価が大学の教育成果(アウトカム)で評価をしていないということだ。車に例えれば、ドアやハンドルがついている車なら合格とするもので、それがきちんと機能するかどうか確かめていない。
 そうした問題を指摘した報告書をまだ読んでいないので論点がずれているかもしれないが、確かに日本の大学評価も似たところがある。アメリカのシステムを導入したのだから当然だろう。大学関係者は大学評価のために形だけ整えて膨大な書類を作っている。形が整っていれば合格するからだ。そのことがいずれは問題となるだろう。
 他方、教育成果、特に数量化できる成果(例えば就職率や国家試験合格率など)を重視しすぎるようになると、また別の問題を引き起こすことだろう。有名大学への合格率重視が高校教育をゆがめるように。この問題には大学関係者も社会も真剣に取り組まなければならない。

Accreditation System Is Misguided Failure, Trustees Group Says (The Chronicle of Higher Education, 2007/7/18)

Why Accreditation Doesn’t Work and What Policymakers Can Do About It (pdf, ACTA, 2007/7)

7/19追記
 問題の報告書を読んでみた。論点は、単に現在の大学評価が大学教育の質の保証に役立っていないだけではなく、評価団体による特定の評価基準により、大学の自律性や多様性が奪われているということもあるようだ。そこでは、評価団体間の競争がなく、評価団体の権限が強くなっているということもあるらしい。つまり、一方では質の悪い大学が大学と評価団体とのなれ合いで認定されており、他方では評価団体が特定の基準により大学の多様性や効率性を制約しているということで、いずれにしても国民の利益にはなっていないという。
 その解決策としては次のようなことが挙げられている。まず学生ローンと大学評価を切り離し、認定がなくなると学生ローンが打ち切られ、その結果学生数が激減するというような事態を避ける。そして、評価団体同士を競争させて、評価の利用者(保護者や学生など)のニーズに則した評価がなされるようにするというものだ。

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